2010年新春特別講演会が開催されました(2010年1月22日)

平成22年1月22日(金)15時より港区芝公園3丁目5-8 機械振興会館 B3階 1会議室において特定非営利活動法人 外断熱推進会議主催の新春特別講演会が開催 されました。


講演会の様子
新春特別講演会
日時
平成22年1月22日(金) 15時開場 15時30分開会
会場
東京都港区芝公園3丁目5-8 機械振興会館 B3階1会議室
講演
第一部「ホームタウン南大沢・外断熱改修報告」外断熱推進会議事務局 太田 昌宏 
第二部「ブルーノ・タウトとその作品」お茶の水女子大学名誉教授 田中 辰明博士 

講演は二部構成で、第一部は、当法人が外断熱工事の設計・監理を行っている、八王 子市南大沢4-21他のホームタウン南大沢-4(中層)団地の外断熱改修工事につ いて外断熱推進会議事務局の太田昌宏が 「ホームタウン南大沢・外断熱改修報告」と 題した講演を行いました。


講演する外断熱推進会議事務局 太田昌宏

講演では、ホームタウン南大沢(10棟 146戸)における外断熱改修にむけた住 民合意形成や外断熱改修、開口部改修について工事中の写真等で紹介しました。


外断熱改修紹介 http://sotodan-npo.org/blog/archives/2009/12/post_289.html

第二部では、お茶の水女子大学名誉教授(当法人副理事長)田中辰明博士より「ブ ルーノ・タウトとその作品」について講演が行われました。


第二部「ブルーノ・タウトとその作品」

ドイツの建築家ブルーノ・タウト(1880年-1938年)は1913年ライプチヒ(Leipzig) の国際建築博覧会に「鉄の記念塔」を出品、さらに1914年ドイツ工作連盟展に「ガラ スの家」を発表し一躍表現主義の建築家として名声を得ました。1914年第一次世界大 戦の勃発により建築家活動が不可能になり、1920年にはマグデブルグ市 (Magdeburg)の土木建築課長になり、戦後の復興に努めました。当時から建物に着 色することに傾注しました。1924年44歳の時にベルリンの住宅供給公社ゲハーク (GEHAG)の主任建築家に就任し、当時ベルリンに地方から職を求めて人口の大量流 入があったのに対応して労働者の住宅団地造りに努力しました。ブルーノ・タウトは 1933年までに12,000戸の勤労者住宅を建設しています。

第一次世界大戦の敗北、そして復興、第二次世界大戦での敗北、そして脅威の復興。 ブルーノ・タウトが活躍した時代は第一次世界大戦での敗北からの復興期でした。労 働者に健康的な住宅を供給する事が氏の使命であったのでしょう。

また、ブルーノ・タウトは1932年にはモスクワで仕事を行うなど社会派建築家の色彩 を強め、当時台頭してきたナチス政権に睨まれ、かねてから憧れていた日本へ1933年 5月に亡命します。ドイツで名声のあった建築家であったので、日本で大学教授など の職が得られるかと期待していましたが、日本もナチス政権と結んでいたため、良い 職は得られませんでした。それどころか、建築設計の仕事にも授かれず、日本滞在中 に行った設計は熱海市に現存する日向別邸(1936年、延べ床面積213m2)のみでありま す。数奇屋と表現主義の融合が見られます。この建築も老朽化しわが畏友稲葉和也 (建築史家)らにより保存運動が行われています。


講演する田中辰明博士

講演は、ブルーノ・タウトの紹介だけでなく、旧約聖書を引用しながら「ユダヤ人問 題」の背景などについても紹介されました。


田中先生の講演を熱心に聴く参加者

尚、新春特別講演会の内容についてはDVDにて外断熱推進会議より発売予定

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投稿者 sotodan : 2010年01月25日 10:40