バッキィーWatabe:essay vol.12
『常識vs.非常識』の巻。
つい、安易に使ってしまう表現に(内断熱がほとんどである)『日本の常識は、世界の非常識』というフレーズがあります。僕は今、この“世界の非常識”を、“断熱先進国の非常識”と言い換えるべきでは、という気がし始めています。
キッカケは、サッカーのW杯。試合や各国の紹介をTVで見るうちに、‘70年の大阪万博を思い出してしまいました。当時、小学校六年生だった僕は「世界にはいろんな国があるんだなあ」と、地図での知識ではなく“いろんな国の人と出会う”ことで、心から実感しました。「きっと、今の子供たちはW杯でいろんな国があることを実感しているんだろうな」なんて思っているとき、ちょっと気になるニュースにでくわしました。
今回、初出場を果たしたアフリカの小国“アンゴラ”の政府が応援団を派遣しようとしたところ、ドイツ政府から「銀行口座を示さない者に入国ビザは発行できないと、断られた」という内容。応援団長の女性が涙ながらに「大富豪じゃああるまいし、私たちが銀行口座なんて持っているわけないじゃないか」と訴えていたのが印象的でした。
数年前まで内戦が続き、疲れきっていた国に射した希望の光“W杯”出場。その喜びに、「先進国の常識」を押し付けて水を差すのは、いかがなものか。
で、唐突に“トリビアの泉”のような質問ですが、TVアニメ黎明期の名作「8マン」のエネルギー源って、何だったか、ご記憶ですか?
そう、彼は“弾よりも早く”走った後、体の一部をパカッと開けると、おもむろにタバコを取り出し、フーッと一服。これが、彼のエネルギー源だったわけです。作者が超ヘビースモーカーだったがゆえの、今では考えられない設定ですが、当時、何の疑問も無く視ていた記憶があります。大人の男性が、酒やタバコを嗜むのは、当たり前。そんな古きよき時代があったわけであります。
ところが。今の日本では、会議室に灰皿はないし、ビル全館禁煙なんてところまで現れるしで、スモーカーにとってとても生きづらい“常識”がまかり通っています。なかでも、パッケージのデザインを無視して、余計なお世話な注意書きを入れ始めたときには「美学や文化の薫りを理解できないヤツがいるもんだなぁ」と、苦笑いをしたものですが、欧米方面では、もっとスゴイことになっているようです。
スェーデンからのお土産の煙草のパッケージを見てギョッとしたのですが、表面には約三分の一のスペースを使って「Smoking kills(喫煙は(あなたを)殺す)」とあり、裏面には半分以上のスペースに「喫煙は肺ガンを誘発する」と、断定口調でデカデカと印刷されています。これを目にした時、「常識ってなんだろう?」という思いがよぎりました。
だって「魔女狩り」や「アカ狩り」、「禁酒法」なんて時代には、それが“常識”だったワケでしょう?今は「喫煙者狩り」が常識になろうとしているのかなあ・・・。
その割には、開発途上国では先進国の会社(自国では売れないものだから)がバンバンと広告を打って煙草を売りまくっているという事実もあるし。
で、ここまで長々とスモーカーの言い訳のようなことを書いてきて、何が言いたいのかというと、「外断熱を語るとき、つい“日本の常識は世界の非常識”というフレーズを安易に使ってしまいがちだけれど、本当にそうだろうか?」という疑問がフツフツと湧いてきたからであります。
と、コレを書いているとき、EiPCのメルマガを発信する現場に、偶然立ち会いました。ひょいと中身を覗いてみると「スェーデンでは禁煙住宅とか言うものが誕生している」というトピックスが掲載されていました。
誤解を怖れずに言うと、“禁煙”は、EiPCの基本ポリシーではありません。現に、東京の事務局の主なスタッフ五人中、三人はスモーカーです。
住宅の断熱を基点に、結露によるハウスダストの問題や、省エネ、高寿命化による地球環境への貢献を考えることと、タバコの話は別次元の話だと、個人的には思っています。
うーん、なんだか逆上しちゃってお話の主旨がバラバラになっちゃっているのは重々承知のうえで、あえて申し上げます。大昔の“脱亜入欧”や“ギブ・ミー・チョコレート”の時代じゃあるまいし、「欧米ではこれが常識」というフレーズに振り回されること無く、自分自身の価値観を大切にしたいと思う、今日この頃であります。
で、次回は“インターンシップがスタートします”の巻の予定です。
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投稿者 sotodan : 2006年07月06日 11:17
