渡部政一の言わせてもらいます Vol.14
『快と不快について 』の巻―その2
僕の通っていた高校はプロテスタント系の私学で、週に一度「キリスト教と西洋哲学」という、大学受験には、まーったく何の役にも立たない授業がありました。
たったの50分では“リンゴの皮”のように薄い内容ですが、生意気盛り、屁理屈盛りの僕は、結構この授業が気に入っていました。
だって、受験には役立たないけれど「ソクラテスの“無知の知”」とか「ニーチェの”神は死んだ“」なんて言葉を、会話の中にさりげなく挿むと、女の子を口説くときに便利・・・あ、また話が横道に外れてしまいそうなので、本論に戻します。
この授業で覚えた概念、思考法のひとつに、“形而下学と形而上学”というのがあります。
文字の通り、形而下学とは「形の下に現れる」ものを意味します。例えば“建築物理に基づく、断熱性能や水蒸気移動に関する認証”なんてのは、こちら側の世界です。(お、今回は珍しく高尚な雰囲気になってきたぞ)
言い換えれば「正・誤」などを数値で測ることが出来るのが“形而下学”なんだと思います。で、前回も書いたけれど「建築に関するド素人」の僕は、こちら方面のハナシは、専門家にお任せします。
僕が伝えたいのは、カタチには現れない精神世界=形而上学的な「快と不快」の大切さなんであります。
・・・と、ここまで書いた時点で、「不快」を通り越して、アキレるしかない、お馬鹿なニュースに接してしまいました。(何故、このエッセイを書いていると、必ずといってもいい程、“大事件に”出くわすのかしら?)
ともかく、「構造計算書」というのが、そこに住む人たちの命にかかわるとても大事なものだと言う事位、シロートの僕にだって分かります。
それを偽造した奴、指示した奴、見逃した奴たちが互いに責任を擦り付け合っているのをTVで見て、「お前らにはプロとしての矜持、プライドはないのか?」と聞いてみたくなりました。そして今、「専門家にお任せする」と書いたことを、返上したい気分です。
あーっ、何だかもう。この先、"形而上の高尚なお話“をするつもりだったのに。
頭に血が上っちゃって、ダメであります。
風呂入って、酒飲んで、寝ちゃいます。
続きは、次号ということで。失礼します。
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投稿者 sotodan : 2005年12月03日 18:25
