堀内正純のハンス・エーク 日本セミナーPart-Ⅱ 同行記第3回

第3回 11月15日(火)

3-1.JPG

茅野の朝はとても寒かった。今日は、岐阜市への移動日であるが、無暖房<小規模多機能介護サービス>施設の地鎮祭が早朝8時30分から予定されている。前夜、ハンスがホテルに戻った時間はかなり遅かった筈なのに、8時前にはロビーにいた。全員で、ホテルを出発し無暖房施設の建設現場に向かった。建設現場には、紅白の幕に覆われた斎場のテントが建てられていた。
(写真 3-1  無暖房<小規模多機能介護サービス>施設 桜ハウス玉川)

3-2.JPG

(写真 3-2  無暖房施設 桜ハウス玉川 起工式)
8時30分から開催と聞いていたが、関係者がなかなか集まらない。昨日の夜、ハンスの相手をして疲れたのかなと思った矢先、関係者があつまり地鎮祭がはじまった。

3-3.JPG

(写真 3-3  入り口で手を清めるハンス)
ハンスは入り口で手を清め、斎場に入る。斎場のイスにはハンス・エーク、友子ハンソンの名札が貼られている。

3-4.JPG

(写真 3-4  席に書かれたハンス・エーク、友子ハンソンの名札)

3-5.JPG

(写真 3-5  玉串奉奠)
諏訪神社からの神主が斎場に到着し地鎮祭がはじまった。式は、祓・修祓・降神・献饌・祝詞奏上・地鎮・玉串奉奠・撤饌の順に執り行なわれた。斎場の中は非常に寒かったが、ハンスは神妙に祭事を見守っている。斎主の祝詞奏上が終わり、地鎮の狩初め、鍬入が行われた。つぎにハンス、友子ハンソンさんが玉串奉奠の儀を行なったが、はじめての二礼、二拍、一礼を上手にこなした。

3-6.JPG

(写真 3-6  ハンスと事業主体(株)タカネヒューマンサポートの皆さん)
祭事を全て終え、ハンスの無暖房住宅の思想を取り入れた、日本で始めての地域密着型小規模多機能介護サービス施設「桜ハウス玉川」の建設がスタートした。

3-7.JPG

(写真 3-7  無暖房施設の関係者に別れの挨拶をするハンス・エーク)
一行は、関係者と別れ、次の予定地の飯田市に向かって出発した。

飯田市では、ドイツに駐在した経験がありハノーバー万博で無暖房住宅(パッシブハウス)を体験している牧野市長への表敬訪問が予定されている。  http://www.city.iida.nagano.jp/ 飯田市では、2005年10月6日~7日に「日独地域国際化サミット」が開催され、10月5日にはドイツ・ウルム市都市計画局のマックス・シュテムスホーン博士がパッシブハウスについて講演を行っている。 http://www.city.iida.nagano.jp/hishokouhou/kouhou/pdf/20050901.pdf 市長への表敬訪問前の僅かの時間もハンスは街を歩き、飯田の風物である干し柿の写真をたくさん撮っていた。

3-8.JPG

(写真 3-8  飯田の風物 干し柿)
午後1時から飯田市役所で牧野市長と会った。ドイツ語が堪能なハンスは、牧野市長へドイツ語で挨拶し、牧野市長もドイツ語で答え、しばらくドイツ語での会話が弾んだ。ハンスは、地球環境の視点からエネルギーロスのない建物を建てる必要性について話し、2000年のハノーバー万博に登場したパッシブハウス(無暖房住宅)の話題になった。牧野市長は、パッシブハウスについて理解をしめした。帰り際牧野市長より、こんど飯田市においても講演をして欲しいとの話があった。

3-9.JPG

(写真 3-9  飯田市長への表敬訪問-1)

3-10.JPG

(写真 3-10 飯田市長への表敬訪問-2)

3-11.JPG

(写真 3-11 牧野光朗飯田市長とハンス・エーク)

3-12.JPG

(写真 3-12 土蔵を利用した三連蔵)

3-13.JPG

(写真 3-13 ハンス、友子ハンソンと三石さん)

市長への表敬訪問を終え、飯田まちづくりカンパニーの三石さんの案内で、リンゴ並木に隣接する土蔵を利用した「三連蔵」で昼食をとった。ハンスは、日本的な建物や風景に関心をもちここでも写真を撮っていた。 食事を終えたあと一行は翌日の講演会場である岐阜市に向かった。

戻る ページトップ

投稿者 sotodan : 2005年12月15日 15:10