第5回欧州視察「スウェーデン・ドイツ団地再生と外断熱の旅」(2004年8月26日~)を終えて(その2)

前回に引き続き、8月26日〜9月5日に実施された「スウェーデン、ドイツ、団地再生と外断熱の旅」チームの視察の様子をご報告します。

イエテボリにて

29日はイエテボリに移動し、宿泊ホテルの「ホテル・クステン」に入りました。このホテルは市が運営をし、知的障害者が働くホテルで、ホテル階以外では1階には「ひきこもり」の人々を支援する団体が入り、その他の階は高齢者向けケアマンションになっているというもので、清潔で運営が実にスムースに行われていることが印象的でした。ここでは山岡淳一郎さんの司会で「トークフィールド・イン・イエテボリ」が開催されました。山岡さんからは日本とスウェーデンの政治体制の異なる点から「生・老・病・死」という人間の避けられぬ歩みの中で、どのように他人と生きていくかについての考え方が異なるとの視点に立った問題提起がなされ、友子ハンスさんからスウェーデンの人々の考え方、社会事情、住宅事情、賃貸・居住権・持ち家という制度の違い、家に対する考え方(例えば、ローンを全て返そうとはせず最低分しか払わず、30年といわれる返済期日で返そうとはしないこと。また、財力のある人はローンを返済しようとは思わず家のグレードアップに使う)などについて詳しく説明を受けました。そして質疑の後、メンバー全員からストックホルムの経験から感じたこと、意見の発表がなされました。


トーク・イン・イエテボリで話す 山岡淳一郎さん


発言する参加者

30日は前日と同じホテルの会議室で、建築家のハンスエーク氏から無暖房住宅について講義を受けました。氏は、「人間の住む地球は、リンゴの皮のようなものである。そこに人間の命や営みがある。化石燃料の使用で、地球の温度が上昇している」と地理学者である友人に言われた一言から、環境をテーマとした設計事務所を1974年以降主宰しておられます。1978年には断熱材を多量に使用し、窓の性能を高めると共に、排水、熱伝導、排気のロスを減らすことによって少しの暖房で済むとの考えで最初の省エネ住宅を建てられました。その後、1984年にはハルムスタット(スウェーデン)、イングルシュタット(独)に、エネルギーロスを最小にして足りない分だけを補うという省エネ住宅を建てられ、それが今回講義を受けた無暖房住宅へと発展したのです。


ハンス・エークさんの講演


リンドースの無暖房住宅

講義を受けた後、リンドース郊外に建てられている無暖房住宅の視察に向かいました。講義で断熱、気密、窓の性能の向上を強調され(気密は基準の4倍以上)、熱交換器の性能について給気は排気の際交換機で排気が給気を暖めてなされる(85%の熱が伝導される)などの説明を受けておりましたが、確かに家の中へ入り20分も経つと、外は雨で気温も低かったのですが、部屋の中の人の発する温度だけで室温は4度も上がっていたのでした。究極の省エネ住宅である無暖房住宅を実感して、わが国でも早急に取り組むべきとの思いを改めて皆が感じたことと思います。この後、クングスバッカ市の住宅供給公社が建設中の団地の現場を視察、進捗状況が異なる現場と既に住んでいる家を見ることが出来たことは大いに参考になったことと思います。またこの団地は地域暖房を採用し、その燃料に木質チップを使っていることなどの説明を受けました。この日は市内へ戻り、夕食まで自由行動となりましたが、ハンスエーク氏と来年2月に日本で「無暖房住宅−ハンスエーク講演会」を東京、京都など各都市で開催するための打ち合わせする貴重な時間が持てました。


ハンス・エークさんと通訳の友子ハンソンさん

31日の午前中はチャルマシュ工科大学にヤーン教授を訪ね、A‐7号教室で講義を受けました。イエテボリの沿革を先ず説明され、次いで建物の再生について(1)改修しながら元のものへとしていく(2)文化遺産的なものをそのままに残す、の2点をあげ、(1)については「リカバー」として(1)元に戻す(2)元に戻すと同時により良い機能を付けていく、の二つの方法があり、どちらを採るかはオーナーの判断で決まるとのことでした。また街全体をグレードアップする問題について言及され、ハード、ソフトの両面(学校・教育とショッピングセンターの利便性など)への配慮が必要であること、1990年代には改修・改築をしても足りない時には新築を加えたが、新築は要介護者向けのものであったことなどの説明を受けました。途中からは教育主任を務めておられるインガさんが講義に参加、イエテボリは昔から住む所で階層が分かれていること、100万戸計画で建てられたゴードステン地区団地は、ストックホルムのテンスターと同様に外国人、難民が多く住み失業者が多かったこと。しかし、職場を作る、教育効果をあげる、安心・住み心地の良い地域とすることを目標とするターンアラウンド(上昇スパイラル)政策によって評価が上がったことなどを説明されました。わが国でも60年代に造られたニュータウンが高齢化の進展でゴーストタウン化が危惧されているだけに、こうした例は大いに参考になるのではないかと思わされました。その後ヤーン教授から午後に回る地域の説明を受けました。またスウェーデンは雨、雪で伝統的に屋根型であり陸屋根は湿気が溜り、雨漏りがあることからしない、とのことでした。


ヤーン教授と通訳の友子ハンソンさん

午後のスタートはマストフーゲットの新築現場でした。海岸に面し、LRTが走る元々は港湾労働者が多く住んでいた下町の再開発の流れの中で進められている建築ですが、複層ガラスが多用された湿式、乾式の組み合わせの現場でした。現代建築の場から次に回ったのは古色蒼然としたクングスラードゴード地区でした。1階が石造、2〜3階が木造の歴史を感じさせる建物の連なる光景は一幅の絵とも言うべきビューポイントであちこちシャッターの音が響いておりました。この地区はかってイエテボリが大火に襲われたことから市内では木造作りは禁止されていたものを、増え続ける労働者の住居を確保するため、知事がこうした構造での建築を許した結果出来た街並みなのです。こうした家が「知事の家」と呼ばれる所以はここにあったのです。


イエテボリ 県知事の家

次に回ったのはヤーンブロット地区です。1950年代に作られた広大な緑の中に広がる賃貸の建物は1980年代に外断熱改修がなされ(卵の殻で覆ったと言われた)リフォームとグレードアップが図られたものです。中には1階部分をサンルーム化した所もあり、屋根にはソーラーシステム、更に省エネが進められていることがわかります。各棟に飾られた美しいフラワーポットと共に50年代に作られたとは思えない美しい建物のたたずまいが印象に残りました。

1930から40年代にファンクショナリズム(光と通風を重視した機能主義)によって建てられたサンダナ地区にあるサンナプランの団地を次に訪れました。80年代に外断熱、窓の交換、屋上断熱による増築・改修を終えています。この団地の特色は高齢化問題に対処するため、建物のバリアフリー化を実施すると共にケア施設を併設していることです。団地内に限らず地域のケアセンターとしての機能を果たしているとのことでした。すぐ前にはLRTの停留所もあり、利便性が確保されている印象が残っています。デイサービスで食事を取りに来る方々が多いとの説明をしてもらいました。


サンナプランの団地

移動のバスの中でヤーン教授から次に回る建物は「恥ずかしい四角いグレーの箱の様な建物を作ってしまった」と言われた建物だと説明を受けました。ソールスターデンの7階建ての大きな建物は両端の各階が階段状が削られ、バルコニーが加えられていました。ここも60年代の100万戸住宅ですが90年代に完全な四角を削って外断熱、外装改修がなされたものです。建物の性能だけでなく、外観も重視する姿勢は良くわかりました。また、100万戸住宅は壊されるのではなく、改修されグレードアップされて来たことを改めて感じさせられました。


ソールスターデン団地

最後の訪問地区は海岸地区の1970年に倒産したエリクスバリ造船所跡地の再開発現場でした。市が開発する新しい街づくりということで、修理工場跡はホテル、展示場、更衣室跡はレストラン、そして構内には海に面して多くのタイプの集合住宅が建設され人気スポットであるとのこと。スウェーデン人の海辺好き、従って高級住宅化が進んでいる事情は知られていますが、日本でも同じ事情もありここでは観光客気分でした。しかし少し離れた同じ海岸に面したハムストラーケット地区は建築が始まったばかりということで興味深い現場を見ることが出来ました。基礎部分の外断熱から木製断熱パネル使用の状況を見ましたが、地震が多発する日本であのように簡易に超外断熱パネルを貼り付けていく工法が採用されるか、躯体構造との関連性を含め今後の検討課題ではないか、との思いを強く感じました。最後に隣接するリンドホルメン造船所跡地を訪れました。ここは全て新築でエコロジカルハウスといわれる範疇の建物でした。

(つづく)

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投稿者 hpnew : 2004年11月 5日 03:28